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諸行無常の廃線跡、おススメ路線7選

路線図 鉄道 廃線跡

廃線跡の活用法は様々、観光列車を運転している路線も

一昔前までは、廃墟マニアや鉄道マニアたちの愉しみであった廃墟散策。しかし、近年ではスマホでプロ顔負けの写真が撮れる時代、「インスタ映え」を狙った、ちょっとした廃線跡ブームが到来しています。夏草生い茂る駅や線路跡、どことなくラピュタ感漂う、荒廃美。廃墟探訪と言うと、どこか物騒な感じを抱くかもしれませんが、その風景を見れば、何か惹かれるものがあるはずです。

しかし、廃線跡歩きは、土地所有者が明確になっておらず、一歩間違えば不法侵入にもなりかねないグレーゾーンの世界でもあるのです。既に荒廃している橋やトンネル、また草むらにはヘビやマムシも潜んでおり、自己責任で立ち入るしかないのですが、廃線跡の中には観光客向けや、産業遺産として開放、保存されている例もあります。特に勾配の緩やかな線路跡は、ハイキングコースやサイクリングロードに実は最適で、このように活用されている廃線跡も多く存在します。また、一部の廃線跡は観光鉄道として復活している例もあります。今回は初心者でも楽しめる廃線跡スポットを紹介します。

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廃線跡大国、日本。あなたの家の周りにもある廃線跡。

廃線跡

鉄道大国として知られる日本ですが、戦後しばらくの復興期を経て、皮肉にも高度経済成長とは裏腹にマイカーやトラック、それに飛行機の台頭で、鉄道輸送量は減少を始めています。東海道新幹線が開業した1964年以降、国鉄(JR)は慢性的な赤字を抱えることになり、結果的に分割民営化を迎えます。この40年間で国鉄(JR)だけでも、約4000㎞の線路が消えました(一部第三セクターに転換され存続しているものも含む)とよく言われますが、それだけではありません。地方を中心に私鉄路線でも多くが廃止されており、特にその多くが貨物輸送の減少に絡むものです。

国鉄が貨物輸送の合理化で、コンテナ以外の貨物を切り捨てたことにより、私鉄の貨物輸送量はほぼゼロとなり、さらには国鉄路線から工場に繋がっていた名もなき専用線が日本中から消えました。

廃線跡の探し方

トンネルや鉄橋が残っていれば、一目瞭然に廃線跡がわかりますが、都市部など一般道路になってしまっていたりすると、見分けがつかないかもしれません。しかし、鉄道マニアたちが地図を見ると、あれ、怪しいな?臭うな?という勘が働きます。それはカーブです。鉄道の曲線は道路のカーブに比べ、非常に緩やかで、何の変哲もない住宅地に不自然なカーブが存在することがあります。さらに、そこから伸ばした先に工場や、JRの線路があったりする場合、非常に怪しいのです。

例えば、下の地図を見て下さい。廃線跡があるのがわかりますか?高崎線の線路から分岐して、赤城乳業の方へ、引き込み線のような形で道路が存在しますが、これこそが廃線跡です。

廃線跡の探し方

残念ながら?赤城乳業からアイスを運んでいたわけではなく、さらに真っすぐに先へ延び、現在のJFEスチール熊谷工場まで繋がっていました。およそ碁盤の目状になっている住宅地の中を明らかに不自然な線が貫いているのがわかるでしょう。言われれば確かにと思われますが、およそ廃線跡ガイドにも掲載されないようなマニアックな路線です。しかし、日本全国にはこのような廃線跡が無数にあるのです。

東京都心、一等地にある廃線跡

まずは、下の写真をご覧ください。鉄道マニアでなくとも、どこの地図かはすぐにわかるのではないでしょうか。ここに有名な廃線跡が隠れています。

一等地にある廃線跡

右下にある扇形の施設は、2018年に惜しまれつつ閉鎖され、豊洲に移転した「築地市場」です。実は、築地市場自体が廃線跡なのです。この市場の不思議な形を疑問に思った人はいませんか?何故、わざわざ曲線を描くようにしたのか、そう、かつては築地市場まで線路が繋がっており、長大な貨物列車が乗り入れていたのです。市場で積み下ろしをするためにこんな形になっているのです。当然、線路は写真の左下、浜松町駅の方(切れていて映っていない、上に映っているのは新橋駅)へ進み、東海道線と合流するのですが、なんとなくかつて線路が通っていた跡がわかるでしょうか?やはり、怪しげな緩いカーブがありますね。

ちなみに、現在、日本テレビなどが入居するシオサイト周辺の再開発地区は、かつての汐留貨物駅跡であり、ここから市場への引き込み線が伸びていたのです。特別な冷蔵貨車を用いた鮮魚専用貨物が九州や北海道からも運転されていました。しかし、トラック輸送への切り替えが進み、1987年に廃止となりました。築地市場跡地も、まもなく再開発されることが予想され、かつての面影を味わうなら今しかありません。銀座郵便局付近に踏切が生き証人として保存されています。

 

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鉄道好き社会科教師が選ぶおススメ廃線スポット10選

それではお待たせしました。筆者のウンチクはここまでにして、誰もが知っている?有名廃線跡から、マニアックな廃線跡までランキング形式で紹介します。いずれも、公式に認められている廃線跡ですので、安心して歩くことが出来ますし、列車の運行をしている路線もあります。是非、気になったら訪れてみて下さい。

【第1位】山下臨港線(汽車道)

山下臨港線の廃線跡

横浜みなとみらいエリアを貫く貨物線の廃線跡。かつては山下埠頭まで繋がっていました。現在は汽車道として整備され、桜木町駅前のランドマークタワー脇から、山下公園まで歩けるようになっています。1989年の横浜博のときには、旅客列車も走りましたが、それを最後に廃止されています。20年ほど前までは草生して、さび付いた、まさに港湾地区の廃線跡という印象でしたが、赤レンガパーク周辺の再開発と合わせて、再整備されました。おそらく、ほとんどの観光客は廃線跡とは知らずに歩いているのではないでしょうか。

日本一お洒落な廃線跡と思います。桜木町から赤レンガ倉庫を経由してから、コスモワールドへ行くのもおススメです。

【第2位】田野浦公共臨港鉄道(北九州銀行レトロライン潮風号)

北九州銀行レトロライン潮風号

廃止された貨物線が観光用として復活したという珍しい例です。門司港駅から関門海峡を望みつつ、田浦港までの約3㎞の貨物線でしたが、門司港エリアのレトロを売りにした観光整備の一環で、関門橋近くの関門海峡めかり駅までが、観光鉄道として復活しました。終点の和布刈地区では関門海峡の美しい景観を楽しむことができます。観光鉄道ですので、運転日は土日や長期休み期間に限定されますので、スケジュールをチェックしてから乗車しましょう。また、田浦港方面には復活せずに、廃線状態のままの区間もありますので、要チェックです。

【第3位】消滅の危機、国鉄士幌線タウシュベツ川橋梁

タウシュベツ川橋梁

3位ははるばる北海道の廃線跡です。ちょっと難易度が高いかもしれませんが、こちらも有名スポットです。北海道では鉄道の廃線が相次ぎ、この40年で、1500㎞以上が廃止されており、各所に廃線跡が存在しています。その中でも士幌線は廃線跡巡りの草分け的存在です。帯広から十勝三股までの約78㎞の路線で、1987年までに全線が廃止されていますが、末端部の糠平~十勝三股間は廃止後も施設が撤去されず放置され、山間に残る多数のアーチ橋が異様な光景として注目され、保存運動の結果、一部の橋とトンネル、駅が登録有形文化財に登録されました。その中で特にタウシュベツ川橋梁は一見の価値ありです。

というのも、夏場はダム湖に沈み、水の少ない冬から春にかけてしが姿が拝めません。しかも、水による浸食で、近いうちに崩壊するとも言われており、将来的にはその姿を見ることが出来なくなります。なお、旧糠平駅構内では「ひがし大雪高原鉄道」として足こぎトロッコが、旧幌加駅付近では「森のトロッコ・エコレール」として木製トロッコも運行されています。

【第4位】日本一高い鉄橋を渡る、高千穂あまてらす鉄道

高千穂あまてらす鉄道

宮崎県の延岡から、神話の郷、高千穂を結ぶ全長50㎞の高千穂鉄道(旧国鉄高千穂線)、その風光明媚な車窓風景は多くの観光客を引き付けていましたが、2005年の台風による影響で、多くの橋が流されるなど甚大な被害を受け、そのまま廃止になってしまいました。元々の計画では、高千穂から南阿蘇鉄道高森駅を結び、熊本方面に抜ける短絡ルートになるはずでしたが、こちらも1977年のトンネル工事中に異常出水が発生し工事は凍結。一部は完成していた立派なコンクリート橋も既に撤去され、幻に終わってしました。自然の猛威にさらされた悲劇の路線です。

しかし、渓谷美を間近に楽しめる車窓風景を惜しむ声も強く、終点の高千穂駅から天岩戸を経由し、日本一高い高千穂橋梁(高さ105m)の間がグランドスーパーカーと呼ばれるトロッコ列車として復活。高千穂橋梁からの眺めは圧巻です(高所恐怖症の人は注意)。また、不定期開催でかつて実際に使用された気動車の運転体験会も実施しています。また、熊本側の高森に抜ける未成線部分のトンネルの一部は、酒の貯蔵庫として活用され、見学することも出来ます。神楽酒造「トンネルの駅」として整備し、かつての高千穂鉄道の車両が展示されている他、高森側では「高森湧水トンネル公園」として公開されています。ついに成しえなかった熊本、宮崎連絡の夢に思いをはせてみて下さい。

【第5位】柵原ふれあい鉱山公園

同和鉱業路線の廃線跡

岡山県備前市の片上駅から柵原駅までを結んでいた同和鉱業路線(片上鉄道)の廃線跡です。柵原鉱山で産出される鉱石を片上港まで運搬する目的で建設されました。途中、和気で山陽本線に接続していました。しかし、メインとなる鉱石輸送は安い海外産の需要が増えたこと、またトラック輸送への切り替えで、大幅に減少し、1991年に廃止されました。しかし、廃止後は廃線跡の一部が自転車専用道路「片鉄ロマン街道」となり、当時の雰囲気を忍ぶことが出来ます。非常に雰囲気の良いサイクリングロードですので、おすすめです。

また、吉ヶ原駅周辺には柵原ふれあい鉱山公園が設けられ、鉄道施設、車両が保存されています。しかも、保存されている12両の車両のうち10両が動態保存であり、毎月第一日曜日に保存運転が行われています。日本でここでしか乗れない最古参クラスの気動車も存在しており、注目されています。昭和にタイムスリップしたような体験が出来ます。

【第6位】国鉄足尾線、足尾銅山

国鉄足尾線の廃線跡

関東在住の鉄道マニア、廃墟マニアならば一度は訪れたことがあるであろう有名な廃線跡。国鉄足尾線はJR東日本足尾線を経て、1989年に第三セクターのわたらせ渓谷鉄道に引き継がれました。その名の通り、かの有名な足尾銅山に至る路線ですが、足尾銅山の貨物輸送が無くなったことから、現在の終点になっている間藤駅から足尾本山駅までが廃線となっています。単なる廃線というだけでなく、衰退した鉱山の風景と共に、エリア全体での廃墟感が人々を引き付けています。ただし、廃線跡は厳密には立ち入り禁止です。

また、足尾本山駅手前には渓谷にかかる鉄橋となっており、渡るのは非常に危険です。また足尾本山駅の工場は現在も稼働している為、立ち入りは絶対に禁止です。周囲から風景を楽しみましょう。もちろん、間藤駅までの沿線風景も、首都圏にありながら、秘境感を感じられる絶景が広がっています。トロッコ列車も運転されているので、是非訪れてみて下さい。また、近年の廃線跡ブームに乗って、年に数回だけ廃線跡ウォーキングのツアーが開催され、普段は立ち入れない足尾本山駅や工場にも入れることもあります。わたらせ渓谷鉄道のホームページを小まめにチェックしてみましょう。

【第7位】加悦SL広場(閉鎖)

加悦SL広場

関東方面の人にはあまり聞きなれない名前かもしれませんが、関西では有名な鉄道スポットです。加悦(かや)鉄道は、京都丹後鉄道与謝野駅から加悦駅にいたるわずか6㎞ほどの小さな私鉄でしたが、1985年に全線が廃止されています。廃止後、路線後の大部分はサイクリングロードとなっています。

また、サイクリングロードの終点、貨物専用線の旧大江山鉱山付近には加悦鉄道で活躍したものの他、国内の貴重な車両を保存している「加悦SL広場」がありました。しかし重要文化財を含め、27両を有し、11両が動態保存という規模でしたが、残念ながら2020年3月をもって閉鎖となってしまいました。施設の再開や、保存車両の譲渡先なども決まっておらず、今後が心配です。地域の観光スポットとして、営業を再開することを願っています。その他、加悦駅舎を活用した加悦鉄道資料館は引き続き営業を行っています。

 

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まとめ

長くなってしまいましたので、今回はこのあたりで一旦終了。日本にはまだまだ魅力的な廃線跡がたくさんあります。廃線跡を歩くことで、その土地の歴史や自然を学ぶことが出来ます。鉄道路線が廃止されてしまうのは残念ですが、それも歴史の1ページです。廃線跡の多くが、単に利用者が減っただけでなく、地元の産業の移り変わりと大きく関係しているのがわかったと思います。しかしながら、近年では災害を理由に復旧されることなく、廃止されてしまう例も多くなってきています。

先日、JR九州の日田彦山線の一部が災害復旧をせずに廃止になることが決定しました。それ以外にも引き続き多くの廃線が発生する予定です。たとえ、廃止になっても、地域の遺産として廃線跡が保存、活用されていくことを願ってやみません。

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